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料理は消し炭の如く

いつもの通りに昼食時には、職場の皆でそぞろ歩き今日はどこにしましょう云々の結果として、鶏の料理を供する店へと這入り、品書きには私がとても好きな鶏肉を照り焼きにしてどんぶりにしたものがあったので、迷わずそれを頼んだ、他の方々はそれぞれ好みの料理を頼み、私の照り焼き丼が最も遅くに出された。

さて、それを見てびっくり、もっともおいしいはずの鶏の皮は焦げて真っ黒で、それは香ばしい焦げ目なぞと云う程度をとっくに通り越して消し炭の如く、口する気にもなれず、端でつまめば粉々に砕けるのでとても食べられない、肉の部分も半分は焦げて炭の如し、裏側の焦げが無い僅かな箇所も水気や脂気もなくぱさぱさで甚だおいしくない、作り直してもらうことも考えたけれど、他の皆はもうほとんど食べ終えつつあるし、昼休みの時間は残り少ない、しかも私は食べるのがとても遅い、泣く泣く諦めて飯の焦げが散らばっていない僅かなところだけを食べて残し、味噌汁と漬物だけ食べて、代金の千八十円を支払い職場へ戻った、聞けば多くの人が知るような有名な料理店でも、昼食時には、高い代金をとりながら徹底的に手を抜くのは、大変に残念で悲しい。

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キリギリスの人生に終止符

随分と迷ったけれど、思い切ってブログに書いてみることにした。
実はここのところは自宅ではなく実家に寝泊まりしていて、毎晩寝る前は悲しくて自分の無力感にうちひしがれる毎日、今日はついに涙が止まらない、精神的にも極めて不安定な状況にある、とは言え、今ここで自分が折れてしまったらすべては破滅へと向かうことになるから、心を強く持ち踏んばらなければならない。

母は数年ほど前から物忘れが目立つようになって、今は三分の一ほどの認知症と云う状態になっていて、それを高齢の父が支えていたけれど、父は突然の病に倒れ救急搬送となって入院となった、不幸中の幸いな事が幾つかあって、その内の一とつに父の病状は厳しかったものの、治療に大きな効果がありあと数日で退院が可能となったこと、もう一とつは弟夫婦が二人とも医療関係の業務に従事しているので、入院関係の手続きやら医師の説明やらは任せることが出来たことがある。

しかし一人残された母は一人だけでの生活はとても無理なので、私が実家へ泊まり込み毎日の朝と夕食を共にしている、気が強く芯がしっかりしていた母に私はいつもきつく叱られていた事が多かったけれど、気が付いてみれば、小さく痩せてしまって一日の出来事の幾つかは覚えられていない。

私が帰宅できるのが二十時半なので、それから夕食を共にする、一人で済ませてしまっていることも多いけれど、たまには夕食を共にすることがあり、ビールが大好きなので帰りに買ったエビスを進めるとああおいしい、と言いつつコップに一杯だけ飲む、今日はどんな日だったのとやさしく問うと、よく覚えていないと言いつつも、断片的に思い出して暫くすると記憶の線が繋がりこんなことがあったのよと云う、とても楽しかったのか幾度も同じ事を楽しそうに云う、私はにこにこしながらそれを聴いて、そうだったの、ぼくは都心で仕事をしていたら暑かったのだよ、途中の八重桜がきれいだったよ、なぞと他愛も無い話をする。

朝は八時に出れば仕事の時刻に間に合うので、六時半には起きて七時半の頃には朝食にする、飯を炊いたり、まとめて冷凍をしていた飯をレンジで加熱する程度のことは出来るけれども、味噌汁をこしらえるのは無理なので、そこは即席のものを用意して、オカズは納豆やらたらこやらたまごやらで間に合わせて、納豆へ辛子と醤油を少し入れて混ぜ溶いてあげて、納豆ごはんおいしいよ、と云うと母も嬉しそうにそれを食べる。朝は隣組のおばさんも様子を見にきてくれるし、弟及び弟の神さんもとても強力な支援をしてくれている、むしろ弟夫婦が中心となり父と母を支えている、一時は嫁いだ妹も遠方から駆けつけてくれた、私に出来るのは母にやさしく接することにしか無い。

近くに住んでいながら、なぜもっと早く気が付けなかったのか、もっと早く何んとか出来なかったのか、後悔ばかりが頭を占拠する、結婚もせずに極楽蜻蛉で過ごしてきた私に神様はその応報を与えたということなのだと思う、弟と妹は若い内に伴侶を見つけ苦労しなが家庭を築き上げた、だから私の気ままで成り行き任せの極楽蜻蛉な人生には終止符が打たれる、父と母の残りの人生をいかに気楽に、干渉し過ぎずに支援をすることにしようと思う。私が暮らしていた集合住宅も今なら高価で売れる見込みであるので、近いうちに売却して生活費へ充てようと思う。

好きなこと

好きなことを思う存分してみたいと、そう云えば思った事が無いような気がしないでもない、思い返してみると好きなことは何んであったろうか、写真機を持ち行く先も当ても無く列車へ乗り込み、適当な処で降りて観光地でも何んでもない処をふらりふらりと歩き撮影をするのは、とても好きではあるけれど、物騒な昨今、そんな事をすればたちまち不審者が居ると通報されるのが関の山、よした方が身のために善さそう。

それは諦めるとして、次に好きなことは何にかと云うと温泉へ浸かり身体が熱くなった処でビールを飲むと云うのがある、温泉ではなくとも銭湯のような大きなフロであれば湯は何んでも構わない、温泉旅館へ宿泊すると、その晩は楽しいけれど、翌朝の間抜けな風景は如何ともし難く、一刻も素早くその場を去りたい気分に覆われるので、矢張り夕方から適当な銭湯なぞに浸かり身体が熱くなった処でビールを飲み肴をつまんでから帰宅をしたい、しかし我が家の近隣に銭湯は無く、バスに十分ほどを乗れば大きな銭湯があるにはあるけれど、バスに乗るのがめんどくさい。

花小金井と云う駅の北口にある古い商店街の一角に昔ながらの中華を中心とした食堂を見つけた、さっそく這入ってビールを呑みながら餃子を頬張りつつ、テレビの画面を観なくもなく観なくなくもなく過ごしていたら、真っ黒で大きな柱時計がぼんぼんと懐かしい響きを立てた、餃子とビールが無くなったので中華蕎麦を頼んだところ、昔ながらの懐かしい、至極普通で至極当たり前の中華蕎麦が出て、昔ながらに素朴に普通にうまくて泣けた。

このような古くからの中華食堂は絶滅寸前、絶滅危惧種に指定すべきであると思うし、このような店を訪ね歩くのが好きな事でもあるので、これからも見つけたら這入ってみることにしよう、その様なわけで当面の好きな事は古い中華食堂へたずね歩くということにしてみよう。

雨が降って止んで

雨が降っている
高層階から眺めると
薄いところ
濃いところ
白いレースのカーテンが風にそよぐが如く波打っている

雨は止んで夕暮れ
高層階から眺めると
街の明かり
色とりどり
宝石を散りばめたが如くきらきら輝きがきれい

・・・

母「おまえね、今日は仕事なのかい」
私「そうだよ。遅くなる。夜の10時か11時に帰るから」
数分後
母「あんた、きょう仕事だったかしら」
私「そうだよ。遅くなる。夜の10時か11時に帰るから」
数分後
母「きょうは仕事へ行くの」
私「おかーさん、どうしたの。しっかりして」(´;ω;`)
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