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韓国料理店

我が家の近所に韓国人のお神が一人できりもりする韓国料理の店がある、そのお神とはずいぶんと顔見知りで前はよく通っていたのにすっかり忘れていた、何んと云っても我が家から四軒の並びにお住まいの方でもある、日曜日の午後に道端でぱったりと会って「アラひさしぶりじゃないの」なぞと話しが弾んだ、伺えば昼食も始めたとの由、しかも好物の冷麺も揃えているからぜひいらしてください。それでは行くことにしようと昼はそのお神の店へと出掛けた。

冷麺にはスープが這入ったムルネミョンとスープが無く辛いタレであえたピピンネミョンの二種類がある、自分はスープ入りが好きなので今日もスープ入を頼んだ、店は10人も入ればいっぱいと云う小さな店、そこへ四人の先客が居る、それも主婦仲間らしくて食事を終えておしゃべりに熱が篭り誰の彼のは目に這入らない様子、その甲高い喋り声や笑い声がえらい八釜しく動物園のあひるか養鶏場のにわとりを思い出す、冷麺が出来て食べ始めると、話し好きなお神が仕切りに話しかけてくるけども、あひる達の話声や笑い声が八釜しくてさっぱり聞き取れない、それでも久しぶりですねから始まり、近所の出来事や様子を伺ったり話たり愉しく過ごした、帰りに白菜キムチも買い求めて代金を支払ったときに、あひる組はまだげらげら熱中をしているから余っ程に愉しいのだろうと思う、お神も呆れて苦笑いをしていた。

帰って来てキムチを冷蔵庫へ仕舞って、これはまだ若いと云うことなので数日ほど醗酵を進めてうんと酸っぱく舌が痺れるほどにしてから食べようと思う、お神のキムチはいつもそのようにして頂く、熱い飯にも合うしビールにも合うし、細かく刻んで納豆と混ぜてもうまい。

日が暮れてエビスを飲もうと思って冷蔵庫を開けるとキムチが這入っているのでぷうんとにおって食欲をそそる、そこでまだ若いけども袋を開いて取り出そうとしたら、白菜の半身がそっくり這入っていたので根本を包丁で切り取って葉っぱの二枚を取り出して切った、スーパー店やコンビニエンスなぞで売られているキムチはどことなく甘くてあまり好きではないけども、お神のキムチは甘味が少なく味が濃くてとてもおいしい、とは云え矢っ張りまだ若いのであと数日は冷蔵庫へ仕舞っておくことにしよう。
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いよいよ雨季

いよいよ雨季を迎えて北海道の他は全国的に梅雨と云うことになった、夏を迎えるために幼虫が蛹になるような期間のような印象もある、これから暑い暑いと念仏のように毎日を過ごした処で涼しくなるわけでも無く、仕方が無いものは仕方が無いと諦めて乗り越えるしか無い、しかも今年は在宅で仕事だから電力代が今からこわい。

窓を全開にして風薫る五月の風を室内へ通して心地よく過ごしたかったけども、目の前の道路では工事が盛りでうるさくて開けていられない、夜を徹して昼間も何んらかの工事を実施していて、それが昨日でやっと終わって窓を全開にしてもうるさくなくなったら、今度は梅雨入りで湿気をたっぷりに含んだ貼り付くような風が室内を通る。

それに工事の目的は電線の地下埋設であったのに、埋設されるのは幹線だけで一般的な配線の電線はそのままだと云う、だから電柱も電線も残ったままで見た目は電線だらけで鬱陶しいのは何んら変わっていない、うるさいのに我慢をしたのは一体に何んだったのだろうかとも思う。

工事の後で少しだけ善いことがあって、目の前にあった信号機と横断歩道は撤去されて百メートルほど南へ移動したので、信号が緑へ変わった時に発信する自動車の騒音は無くなった、また新しく舗装をしたら自動車の走る音がえらく静かになった、今までは穴と段差だらけであったから、自動車が通る度にがたがたと騒々しい音を立てていたし、タイヤが発するしゃーっと云う音も静かになった。

昼食の後に駅前までふらりふらりと歩いて行き、バスプラの店で刺身の売り場を眺めたら、珍しく本マグロの切り身が並んでいてしかも目鉢マグロよりも幾らか安い、迷わず買い求めた。あとはバナナと豆腐とカイワレダイコンなぞいつもの食料品を求めて、市営バスに乗って帰って来た。

バナナは四本で九十五円だからとても安い代わりにまだかなり緑色で硬そう、これは追熟をすれば善いとテレビで観たので、その通りにビニールの袋へ入れて空気を抜いて密封してから台所の適当な箇所へぶら下げた、テーブルへ置いたりすると接触している面が黒くだめになったり、冷蔵庫へ入れると熟さないで腐ってしまう、常温で密封すると上手に追熟が出来てねっとりと柔らかく甘いバナナになる、食べられるのは早くとも明日の朝になりそうだ。

銀閣寺参道

今日は特に話の種も無いし、市役所食堂の話しもいい加減に飽きてきたので写真をどうぞ。

京都銀閣寺への参道、1955年頃の撮影
20130529古い銀閣寺道
2010年のもの、おおむね同じ位置から撮影。
20130529新しい銀閣道

息抜き

気分を紛らわすのに昼は市役所の食堂へ行く事にしている、今日の日替わりは麻婆豆腐丼でとてもおいしいけども辛くて頭の天辺からも汗が流れ出た、食堂を辞して汗をふきながらふらりふらりと歩いて駅前まで行き、駅の反対側にあるスーパー店で夕餉の食料品を見繕って駅前へ戻ると、宝くじの売り場が開いてその前でちり紙を配っている、そこで二百円を投じてくじの一枚を買った、当たれば幾千万円で外れれば返戻は無しと云う当たり前のような話しではあるけども、一等が当たる確率はおよそ一千万分の一、東京都民程度の人数から一人が選ばれると云う凄まじい確率であると判って、おかしくなって一人でくすくすと苦笑をしてしまった、たまには良かろうともおもうし、その二百円が勿体無くてカンビールの一本も買えるではないかと云う向きに宝くじはよした方が良い、とは云えこんなものは年に数回ほど、しかも一度に百円か二百円を投じる程度で充分に楽しい。

宝くじは娯楽か賭博かなぞのどうでも善い事を考えつつ駅のバスプラ店側へ戻ると、広場の端に娯楽場があって昼間から騒々しい音と共に煙草臭い風を店外へ放り出している、この手の店はさっさと無くなってもらいたいと思うし、この前を通る度に息を止めて足早に通り過ぎることにしている、温泉場でパチンコを愉しんだことがあるけども、一個の玉を台へ投じ右手でぱちんと打つと、玉は上へ飛び上がってからこつこつと釘に跳ね返って次第に下へ落ちて最後は最下部へことんと落ちる、運が良ければ花びらの処へ這入って鈴が鳴り余計に玉が出てくる、そのような悠長な遊びは愉しいと思う、然し実物ではなくPCの只で遊べるゲームに幾らでもあるので偶に遊んでみるとおよそ五分で飽きてしまう、きっと温泉場へ行って遊んでも同じように五分で飽きてしまいそうだ、然しiPadの玉を転がす遊びは飽きずについつい数十分と遊んでしまう。

二日分

土曜日

世間的には「週末」なぞと云う楽しい時間であるけども自営業である身には何んら関係が無く、今朝も八時の少し過ぎに業務を開始して昼が来て、しかし今日は土曜日だから市役所は休みなので土鍋で飯を炊いて玉子を掛けて食べて、買い置きの漬物も食べて簡単に済ませた、午後になって日が暮れて八時半も過ぎたので業務を仕舞いにした、昼の飯が残っているのでそれに永谷園を掛けて簡単な夕食にした。

スカパーの放送では地球科学に関する一連の番組の録画をしていたのでそれを順に眺めている、次々に知らなかった事が出て来て興味は尽きない、その他にアフリカの湿地をめぐる動植物の話しやら愉しく眺めているうちに、睡魔の襲来も無く日付が変わったのでいよいよ寝ることにした。

日曜日

今日は思い切って業務を休むことにしよう、六時の少し過ぎに起きて早いけどもパンと目玉焼きで簡単な朝食を済ませて、それからどうしようか考えて、録画の続きを眺めることにしてコーヒーをこしらえて啜りながら録画を観始めた、しばらくすると緊張の糸が切れていたのか思い切り眠り込んでしまって気が付いたら十時を過ぎていた。番組の記憶がある処まで戻して再び眺めるも、あまり頭に入らないのでテレビ画面も録画機も止めた。

先週の日曜日は切手の博物館へ出掛けて色々と眺めて楽しかったような気がして思い返してみると、バザールと販売店を眺めて肝心の常設展を観てこなかった、それでは今日は常設展を観にゆくことにしよう、それと電気式の髭剃り機が壊れて久しく、髭剃りは専用の粉石鹸を泡立てシャボンをこしらえて刷毛で口の周りや顎へ塗りたくり、蒸しタヲルで暖めてから安全髭剃りでぞりぞりと剃っている、これはこれで気分は爽快だし剃り残しが無く顎も口の周りもつるつるになるので気に入ってはいるけども、とにかくめんどくさいので矢張り機械を買うことにしたい。

昼の少し前に西武線に乗って池袋の駅で降りて、ここから目白まで山手線に乗ると130円を要するし、一と駅で一キロメートルも無いから歩くことにした、西武線池袋駅の南端の寂しい改札を出て立体交差を幾つもくぐり、住宅街をふらりふらりと歩いて目白の駅を目指す、風景は小さな住宅や集合住宅がぎっしりと密集をしているばかりだけども、僅かな隙間にも必ず野草が芽吹いて小さな花を咲かせたりしている、わずかでもうっかり油断をしているとそこは植物だらけになってしまっていて、人類文明が崩壊をしたらすべての建物は植物により壊れて行く事を実感をさせられる。

日陰を選んで歩いたとは云え目白の駅前まで来たら汗がいっぱい出てしまった、少しばかり洒落たカフェを見つけたので冷たいコーヒーを飲み少し休んだ、幾箇所かある出入り口と窓が開け放たれていて、そよ風が通り抜けてとても心地が善い、20分ほど凡やりしながら過ごしてみた。

切手の博物館にて常設展を見物した後に一階の販売店を眺めていると、趣味週間の1955年発行のものが400円で売られている、額面は10円で絵柄はビードロ女の浮世絵、小学生の頃にはすでに千円以上の値が付けられていて、大人になって切手趣味を再開した時にも数千円の値がついていたのでとても手が出なかったし、先週のバザールでも数千円の値がついていた、それが400円、頭がぼうっとして衝動的に買い求めてしまって、店主の話しによるとこの品は裏側が少し汚れているので安いのだと云う、さらに今は切手の付加価値も僅かな種類のみでそれも下がる一方、ほとんどは額面販売なのでこれから切手蒐集をするなら善い機会ですよう、いかがですか、なぞと言われて思いは複雑かつ揺れる。
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買い求めた切手を大切に鞄へ仕舞って博物館を後にして、バスプラKYで買い物をしてから帰って来た、落ち着いてから買った切手を眺めながら矢っ張り蒐集を再開してみようかとも思う、実は前に蒐集をやめた時に額面が5円10円20円と云った少額の切手は使い道も無いし、買い取ってもらうにしても僅かにしかならないので手放さず残していた、ずっと仕舞いっぱなしにしていたのでそれを取り出して久しぶりに眺めてみたら、残っていたニ十枚ほどは浮世絵を中心とした江戸時代の絵が愉しい、言わば小さな美術館と言った処か、蒐集を再開するにしてもかつてのようにシート単位で大量に買うのではなく、絵柄を見極めて少しだけとすることにしよう、便利な時代になったもので昔のような「カタログ」の冊子を買い求めずともネットで検索をしたら幾らでも情報が出てくる、しかし販売価格はネットやオークションよりも目白の店の方が安く品も善いいようではある。

処で電気式の髭剃りの事をすっかり忘れていた、それは後日に改めて買い求めることにしよう。

昼下がり

今日の日替わり定食は味付けをしていない素揚げの鶏肉へ甘辛いたれが掛かったもの、それに野菜や味噌汁や漬物なぞがついていた、おいしく頂いて食堂を辞すると、快晴の空に日が差して天気も気分も善い、階段の踊り場で思い切り両方の手足を伸ばしてううんと伸びをしたらもっと気分が善くなった、それでは商店街まで買い物へ行くことにしよう。

一旦に帰宅をしてから豆腐の器を持ちだして商店街までふらりふらりと歩いた、強い日差し、湿気が低く心地の善いそよ風、静まり返った昼下がりの住宅街、そこかしこの庭ではばらを始めとしたいろいろな花が咲き誇っている、それらを観たり観なくもなかったりしながら歩いて、豆腐店で豆腐の一丁を買い求めて、次に食料品店で今日のお勧めはアルファルファだと云うのでそれと惣菜のサラダを買った、再びふらりふらりと風に吹かれながら日に挿されながら歩いて帰って来たら後頭部から背中は汗でずぶ濡れになったけども、今日は湿気が低くて風に吹かれるとそれらがすぐに乾こうとして冷たくなる、まだ水浴びには冷たいので湯浴びをして汗を流して暑かったり冷たかったりした身体も整えた。

毎日のように篭りきりで業務に当たっていたので、桜が咲いたのもつつじが咲いたのも知らないで過ぎてしまった、好物の野蒜もいつのまにか季節が過ぎて今年は楽しめなかった、友人のK氏が花街遊びに誘ってくれたのにそれも叶わない、竹林堂氏が季節の善い時に古の旅へと誘ってくれたのにそれも叶わない。忙しいとは心を亡くすと書くとはよく云うけどもまったくにその通りだとも思う、サラリーマン時代とは質の違う忙しさに本当に心が折れそうになるけども、今が最も辛い時期であることも判っているので、それを乗り越えるまでの努力であると自らに言い聞かせて毎日を過ごすようにしている。

化学薬品飲料

市役所の食堂は相変わらず年寄りの団体でいっぱいであったから、入り口で回れ右をして外へ出てふらりふらりと歩いて駅前へと向かった、駅前へ来た処で昼食の問題は何んら解決をしないと云うのは前の日記にも書いたけども、めんどくさいので駅ビルに出来たそば屋で盛り蕎麦を食べバスプラで買い物をしてから帰って来た。

午後になって日が建物の向こうへ行ってしまって日が暮れて夕方になり夜になって八時半の頃に業務を仕舞いとして湯浴びをしてから夕食を始めた、今日の品目は大きな木綿豆腐と野菜の新芽を詰めあわせたもの。飲むものはバスプラKYでエビスの黒ビールを見つけたのでそれを飲み始めた、350mlの缶を飲み終えて普段だと飲むものはこれで仕舞いだけども、更にバスプラKYの駄菓子売り場にて粉末のジュースを見つけて買って来たので、それを水で溶いて焼酎を入れてみたところ猛烈に化学薬品くさくなって毒々しく鮮やかな色にもなった、安居酒屋なぞでレモンやオレンヂの酎杯を頼むと化学薬品臭いものが出て来たりするけども、これはそれを遥かに上回る、恐る恐る口を付けて飲み始めるとそれなりの味はする、しかしコップに一杯をこしらえて薬品臭い感じに負けて半分も飲めなかった。

硬貨

根が貧乏性な所為か小銭と云うか硬貨がたくさんあるとお金をいっぱい持っているような気分になって何んとなく嬉しくなってしまう、昨今は電子マネーと云うものが普及したのでうっかりすると硬貨を使う機会が減ってしまって、お気に入りのきらきらした硬貨も中々に手に入らない事になっている、積極的に硬貨を使えば良いだけに思えるけども、そこには「得点」と云う罠が潜んでいて現金で支払わないでお金を借りて支払って後日に返すと得点が付与されるし、借りたお金は現金にしないでスイカカードなぞへ投入をしてから買い物をするとそのスイカカードの得点がまた別途に点く、特に駅の構内やコンビニエンスでは百円につき一点が付くし路線バスでは月額の支払額が千円を超えると千円につきおおむね百円が点く、それに気を良くしてスーパー店なぞでの買い物もクレジットで支払ったりしていたら、硬貨で支払う機会がますます減って財布の硬貨はいつまでも同じ玉が這入っていることになった。

そこで気分を改めて矢っ張り硬貨をざらざらと持つのが好きであることや、きらきらした硬貨を手に入れたいので、支払いの際に得点が付かないものは電子的な支払いをよして現金で支払うことにしよう、それでさっそくスーパー店へ買い物へ行き本日はあれこれと買い求めて1141円の支払いであったので、紙幣をと思ったら財布の中に千円紙幣は一枚、小銭入れには33円、仕方が無いものは仕方が無い、クレジットで支払った。普段から現金を持ち歩かない癖が付いてしまっていたので買い物の前にATMから現金を出すのを忘れがちになってしまう。

その後にATMで口座から千円紙幣の幾枚かを出して食堂で昼食にしてコーヒーの豆を買い求めて、ドラッグ店でトイレ紙を買い求めると硬貨がどっさりと増えてきらきらした綺麗な玉が幾枚も手に入った、綺麗な硬貨は消しゴムでさらに綺麗にして貯めている箱へ放り込んで、残ったたくさんの硬貨は次にバスプラへ行った時に自分で支払う勘定機で使ってしまうことにしよう。

今日も変化も無く

しばらくの間は随分と日記をさぼってしまっていたので、備忘録を兼ねてなるべく毎日の出来事を書き記したいと思ってはいるものの、業務が面倒なことになっていたり頭がそれでいっぱいになっていたり、或いは同じような出来事ばかりなので鍵盤を叩く指が進まないと云うのもあるので中々に文章は捗らない。

今日も大した出来事は無くてあった事と言えば、朝から洗濯をしたこと、業務を続けて昼は市役所の食堂へ出掛けた程度、市役所の食堂はいつものように混雑を避けて昼の遅い時刻に出掛けた、日替わりの定食をみたらAは売り切れで残るBはうどんだと云うので仕方が無いものは仕方が無い、450円を支払いB定食の切符を買って配膳台で受け取り、冷たい茶を汲んでから空いている席へ座り泰然自若と座り食事を始めた。今日は年寄りの団体がいなくて職員の姿が多い、うどんは冷たいうどんにたぬきと温泉玉子と刻んだきゅうりが載って塩辛い汁が少しだけ這入っている、それらをまぜこぜにして頂く、小鉢に刻んだキャベツと小さなコロッケが付いてチキンスープも付いている。

食べていると年寄りの団体がぞろぞろとやって来て静かになりつつあった食堂がいきなり大賑わい、食べながらその様子を眺めていると珍しい事に爺さんが何人か含まれている、30人か40人の団体のおよそ半分はライスカレーを注文、暫くすると何時もと同じように手提げからお菓子やら漬物やらを取り出し、魔法瓶を取り出して茶を飲み始める組もいて、今日も遠足か花見のような様相を呈し始めた、何んだかざわざわとして落ち着かないので残りのうどんを早々と食べて食堂を辞した、その後は商店街まで出掛けて珍しくフライの盛り合わせを買い求めた、じゃがいもを揚げたものも這入っているので英国式のフィッシュ・アンド・チップスと云った趣でもあるから、今夜はエビスを飲みながら魚を食べることにしよう。

午後の業務を続けて日が向こうへ行ってしまって日が暮れて八時半も過ぎたので、今日の業務は仕舞いにして湯浴びをしてからエビスを飲み始めた、併せて録画をしていた番組を見始た、楽しみにしていたブラジルはパンタナール湿原をめぐる話し、内容はワニ(カイマン)と巨大な蛇(アナコンダ)とカワウソの話しばかりに終始、確かに大きくて迫力のある動物であるとは思うけども他には動物も植物も居ないのかと云う印象で少しく残念、次に地球内部の話しを観た、地殻、マントル、外部核、内部核と云うのはよく知られてはいるけども、それぞれの様子についての研究は進んでいても実際の処は何にも解っていないらしい、内部核の最先端は日本人の学者であって、学者の話しに依ると美しい純金のような金属の結晶が森の樹木のように林立している処までは解っているらしい。

処で肝心の魚の揚げたものは、鱈とあじといわしと云う何んとも珍しい組み合わせ、少し油酔いをしそうだったので酢醤油で頂いた、芋を揚げたものも食べたら腹が駆逐されて苦しい。

三日分

金曜日

今日は上州地方を訪問することになっているので朝から支度をして出掛けた、テレビのニュースで上州地方や東北地方へ行く列車は事故で遅れていると云う、果たして池袋の駅へ着いたら湘南新宿の列車は運行を停止していたので上野の駅へと行った、上野駅の出発案内には表示が無くて次に発車する列車が何時何分に出るのかはその都度に放送で知らせる事になっていたので、案内を聴いて同行の方に電話で知らせて、出発の十分前には出会うこてができた。

列車は放送での予定より十分を遅れて出発して、途中の熊谷で一時間近くも止まったりして上州地方の目的地へは一時間の遅れで着いた、それから夜中の十二時の頃まで業務を続けて草臥れ果ててホテルへ泊まったけども、湯浴びをしたらせっかく買ったピールを飲む前に寝込んでしまった。

土曜日

朝も早くから業務に取り掛かって昼が過ぎて日が暮れて午後の七時には仕舞いとして、訪問先の皆様に左様ならと挨拶をして辞した、バス停へ行くとうまい具合に十分後のバスがある、バスを待つ間に列車の時刻表を調べようと思ったら、バス停がある通りには街灯の一とつも無くて暗くて字が読めない、当たり前だけども夜だから暗くて読めないのが当たり前であって、都内のように夜中でも明るいのがおかしいような気がしないでもない、それよりもバスの運転手が自分をみつけてくれるか知ら、しかしバスはきちんとやってきてウィンカを出して止まり扉が開いた。

帰りの列車はマリネラ駐在員氏が帰宅をする列車と同じになったので、乗る列車の号車を合わせ待ち合わせカンビールでささやかな酒宴を開いた、熊谷から大宮までのおよそ四十分、あれこれ歓談をしつつ、氏のポッケからは次から次へとお菓子やらお手ふきなぞ色々と出てきてネコ型ロボットのポケットの様、結局はそれだけでは収まらなくて、途中の駅で降りて居酒屋で暫く飲み歓談をして十一時の少し前には仕舞いとして池袋を経由して帰って来た。

途中の池袋ではよせば善いのに、駅前に出ている屋台の中華そばでにんにくを投じて中華そばを食べて、食べるときはとてもおいしいような気がするけども、結局は後で気持ちが悪くなったり腹が超特急になったり後悔をするばかり、後悔役に立たずと云う典型例と云える、処でその屋台は久しぶりにおよそ10年ぶりくらいに寄ったけども、ご主人は当時と同じ方で髪がすっかり真っ白になっていた、こんな処でも年月の経過を感じる。

日曜日

朝から調子が善くない、六時に目が覚めて歯と顔を磨いて少し凡やりとして簡単な朝食を済ませたら猛烈に眠たい、土曜の続きの仕事を続けなければいけないのに酷い睡魔だから少し眠る事にして布団で横になった、気が付いたら10時になっていて冷たい水を飲みベランダへ出てみたけども、矢っ張り猛烈に眠くなって頭が鈍く痛いし重く身体もだるい、午前中は休む事にして布団へ横になって次に気が付いたら昼が過ぎていた。

少しはらくになったけどもまだ頭は鈍く重く痛い、重い頭を抱えてPCを点けて当面の業務の日程の整理をしてみた処、とりあえず今日は休みとしても大丈夫そうなので今日は思い切って午後も休みとすることにした、簡単な昼食にして午後も昼寝をするつもりでいたけども、メールを整理していたら催事案内のメールが来ていた、見たら目白の切手博物館で切手バザールを開催するとあった、それは楽しいかもしれないし夕食の食料品が何も無いので買い物を兼ねて出掛けることにした。

山手線の目白駅を出て右へ行き線路と平行する道を高田馬場の方へ坂を下ると、都営バスの転車台があってその先に切手博物館がある、博物館の催事場にてバザールが開催されていたので、飾られている様々な切手を眺めて愉しんだり切手帳を取り出して眺めたりした、常設展は入場料金の200円を払うと見ることが出来る、その他にも博物館の一階には販売店も入っているので、そこでも眺めたり買い求めることも出来る。

切手の趣味は小学生の頃に乏しい小遣いで買った僅かな枚数があった他、大人になってから大量に買い集めたものがあったけども、何年か前に突然に興味が無くなってすべて手放して切手蒐集をやめてしまった、その後は手紙を出す以外に趣味用として切手を買い求めた事は無かったけども、眺めるのは好きなのでそのような展示会があったり販売店を見掛けたら入って見たりしている。月に雁、見返り女、写楽、びーどろ女、小学生の頃に憧れた切手や、北朝鮮など外国の珍しい切手を眺めたりしていたら気分は愉しくなってきた、切手趣味と云うと爺さんの趣味かと思っていたけども、意外にも女性の姿が多い、特に二十代三十代の女性が多くて見るだけではなくたくさん買い求めていた。

博物館を辞して池袋で鉄道模型を眺めてから駅前で買い物をして帰って来た、日が暮れて七時になった処で何時のように湯浴びをしてエビスを飲み始めて刺身と豆腐を食べ始めて、ディスカバリーチャンネルの地球と地学の話しを愉しく観始めた、しかし食べ始めた途端に睡魔が襲来をして酷く眠たい、刺身も豆腐もかいわれ大根も半分をして残して冷蔵庫へ仕舞った、エビスは残せないので無理して残りを飲み干し少し休んだら早いけども九時半には床へ就いた。

昼はライスカレー

今日もお昼は市役所の食堂へ出掛けた、昼は職員が利用するし混雑が著しいのでそれは避けて12時40分の頃に食堂へ行く、先日と同じように食堂には年寄りの団体が大勢で食事をしながら歓談をしている、その所為か残念な事に定食は日替わりも定番も売り切れ、丼物も麺類もすべて売り切れ、がっかりとして回れ右をして帰ろうとしたらライスカレーならあると云う、それではそれでいいことにしよう、折角なのでカツカレーを注文したら、申し訳ないからと味噌汁がオマケについた。

端のほうの席へ座り黙々と食べ始めて、大勢の年寄りの話し声で矢鱈とうるさいけども何んだか楽しそうでもある、定食の他に菓子や漬物や魔法瓶の茶なぞを持ち寄り広げているから花見か遠足のよう、しかしよく眺めると団体の面々は婆さんばかり、思い返してみると食堂を占拠する年寄りの団体に爺さんがいたことが無い、爺さんはどこへ行ったのだろうと思う。それは兎に角として、食べ終えて冷たい茶を飲みながら少し休んでから食堂を辞した。

業務に熱中をしていてふと気が付いたらやたらと薄暗い、しかも全開にしていた窓から冷たい風が入って来るし外は何んだかうるさい、そう思って外を見たら空は厚い雲に覆われて大粒の雨が勢い良く降り始めていた、室内が湿気てしまうから窓をすべて閉じて大粒の雨にうたれて潰されそうになっていた鉢植えを仕舞った、寒いような気がしたので上へ一枚を余計に着て業務を再開、しかし今度は暑くて汗だくになってしまった、今頃の季節は着るものが六つかしいと云うかめんどくさい。

通勤するということ

自宅に篭りきりでの仕事を始めて八ヶ月を経たけども、矢張り私の性には合わないもようで気分は滅入る一方で如何ともし難い、通勤電車へぱんぱんに詰め込まれて行き来をする必要が無いのは楽ではあるけども、朝になってベランダへ出て通りを眺め先を急ぎ歩く人々を見る度に、これから仕事場へ行くのだなと思うと少しく羨ましくも感じてしまう。

省みて自分の場合は、朝の六時に起きて歯と顔を磨いた後に洗濯や掃除をして簡単な朝食を済ませて、八時から九時の頃には机へ向かいPCを点けて業務を始める、午後の業務は七時か八時には仕舞いに、偶には十時十一時まで続けるけども、何にしても仕舞いにした数分後には湯浴びをしたりエビスを飲んだりする。

通勤が無いのはらくではあるけども、考えてみると電車に揺られている時間は読書をしたり風景を眺めたり、行き交う人々や電車を眺めたりする他に、仕事でも自宅の用事でも無い開放された何んにもない時間でもあって、その何んにも無い時間が貴重なのではないかと思うようになった。

以前に自動車で通勤をしていた事があったけども、自動車を走らせると云う用事はあっても、仕事でも自宅の用事でも無い何んにもない時間であるのは同じで、ラジオを聴き或いは好きな音楽を掛け過ごしていた。

その何んにも無い時間と云うものが自宅の仕事では無くなってしまう、たまに業務に余裕が出来て暫く自由にできる時間が出来たとして、掃除をしなければ、整理整頓をしなければ、日記を書かねば(笑)、なぞのような「~なければ」ばかりが思いつい気分は焦って休まらない、それでは旅行にでも出ておまえの好きな電車列車に長い時間を揺られれば良いではないかと言われそうだけどもそれはまた別の話し、日常の中で開放される時間を無意識の内に求めているのではないかと思う、それが通勤の時間では強制的に付与される。

夏の始まり

いよいよ暑い季節が遣って来て窓を全開にして風を通しても汗が滲み出始めるようになった、それを痛感したのが今日の昼間で、いつものように昼の遅い時刻に支度をして出掛けて、市役所までのニ三分を歩いただけでも汗がいっぱいに出てしまって背中はずぶ濡れになってしまった。

食堂には年寄りの団体が大勢で食事をしながら歓談をしている、定食は売り切れかもとがっかりしたのはつかの間、今日は日替わりが二種類とその他の定番もすべて出来ると言う、そこで日替わりのAランチ480円を注文して空いている席へ持って行ってゆっくりと食べ始めた。

豚肉と幾種類もの野菜を炒めたものと小さなコロッケ、それに刻んだキャベツ、玉子のお吸い物と漬物に丼飯。どれもおいしいので、およそ25分を掛けてゆっくりと食べていて一時の少し前に市の職員は姿を消し、少し後に年寄りの団体もぞろぞろと何処かへと行ってしまって、広い食堂には自分一人がぽつねんと残り閑古鳥が鳴き始めた、一時十分の頃になると近くの郵便局員や交代で休む職員が少しずつ遣って来て、さらに小さな子供を連れた若い母親も遣って来て20人ほどが食事をしている。

食べ終えて冷たい茶を飲み少し休んで食堂を辞した、階段の踊り場から外を眺めると善い天気で日差しも強くて気温が高い、とは云え少し風が吹いているしとても気持ちが善く快適な天気になっている、両腕を思い切り上へ伸ばしてううーんと伸びをしてみたらもっと気持ちが善くなった、それから駅前のバスプラまで買い物へ行こうかなとも思ったけども、大汗が出るのは必至なのでそれはよす事にして日陰を選んで歩いて帰って来た。途中の道端には薄紅葵や長実雛芥子がいっぱい咲いている、高く背が伸びた草の先には油虫がびっしりと取り付いていて気持ちが悪い、時折に我が家のベランダへ飛んで来て一と休みをしているてんとう虫は、このような処へくれば食べ物がいっぱいあるのにと思う。

鳩の山

毎月に一度のクリニックへ行く日で予約をしていたので十一時の頃には支度をして出掛けた、十一時半の予約に合わせてクリニックへ行くと大勢の人が待っている、受け付けの名前を記す処を見たら、予約外の飛び込みが多くておよそ二十人が待っている様子、果たして名前を呼ばれたのは一時間も過ぎた頃で問診をしたりしてクリニックを辞して薬局で薬剤を買い求めたら一時を過ぎていた。

クリニックは駅前にあるので、昼食を考えてみても先日の日記で書いたような問題に直面をする、あれこれ考えた挙句に駅ビルの蕎麦店で盛り蕎麦を食べて簡単な昼食にした、ここの蕎麦は善い蕎麦を用いてうまいけどもつゆが今三っつ程度なのが残念、それからKYバスプラの店と輸入食料品を売っている店で食料品を買い求めて、最後にパン店でメロンパンを買った、駅前広場の二階へ出てメロンパンを頬張りながら通り過ぎる電車を眺めていて、気が付いたらメロンパンの食べこぼしを狙って鳩がいっぱいいる、小さく千切って落としてやったら凄まじい大騒ぎが始まる、鳩どもは我先に殺到してその小さな破片の争奪戦を始めて、周囲に止まっていた鳩まで飛んできてそれに混じって鳩山が出来てしまった、そう言えば鳩山ナニガシと云う宇宙人が居たような気がして少し愉快になったけども、目の前の鳩山は少々こわいので食べかけのパンは袋へ仕舞ってその場を後にした。

午後も業務を続けて頭がこんがらがったり、睡魔の襲来を受けて椅子から落ちそうになったり、日が暮れて夜になり八時も過ぎたので業務は仕舞いにした、それから湯浴びをしてからエビスを飲み始めて夕食を始めた、食事をしながら録画をしていたテレビ番組を眺めて、矢っ張り途中で眠り込んでしまって気が付いたら録画番組が終わっている、そのような訳で録画はたまる一方でさっぱり捗らない。

中野行き

あまりにも七面倒な業務ばかり続けて、やってもやっても何かを間違えたり足らなかったりでかなりうんざりとした気分は頂点に達していたけども、それがいとも簡単に出来る方法を見つけて収束するかと思ったら、次々に新たな問題が出て来てもう頭が理由若芽になったので午後は業務を休んで出掛ける事にした。

ふらりふらりと駅前まで歩いて来たものの何処へ行くかを決めていない、駅前の食堂事情は数日前の日記に記した通りに碌な処が無いから別の処へ行くことにしよう、とりあえずスイカカードをかざして改札口を入って遣って来た各駅停車の池袋行きに乗り込み、少し考えてから中野のブロードウェイセンターへ行ってみることにした、それには中村橋で降りてバスに乗って行くのがいちばん安価に行ける。

中村橋の駅を降りて中野行きのバス停へ行くとバスの便は30分から1時間毎、この路線はもっと本数が多かったような気がするけども気の所為か知ら、次は50分後なので適当な処で昼食を済ませて時間を潰してからバスに乗った、バスは15人を乗せて走り始めて住宅街の道路を進む、このバスが走る地域は高校生の頃に馴染んだ地域でもあるけども、それから三十数年、道路が広く綺麗になっているし店も住宅も建物もすっかり変わっている、記憶もかなり薄くて曾遊の地域とは思えず初めて来た場所のように思えた。

バスはびっくりするほど多くの信号に止まって、およそ25分で中野新井通りバス停へ着いたので降りてブロードウェイセンターの北口から入った、今日は日曜日だから人出は大したものかもしれないと思っていたけども、想像のおよそ二倍の人が来ていてびっくり、古い店も残ってはいるけどもほとんどが新しく出来た店のようで、まんだらけの売却受付には長蛇の列が出来ていた。

センター内をくるりと巡っておよそ1時間ほどでブロードウェイセンターを辞して、何か買う品があるわけでもないので、サンモール商店街に溢れる人並みをかき分けながら駅へと向かった、そう言えばサンモール商店街の入り口にあった蛇店が無くなったのは何時の頃であったかなぞと思い出したりしてみた。

中野の駅から中央線の快速電車で吉祥寺へ移動、井の頭公園の入り口にある銘店のいせやで焼き鳥を頬張ってビールを飲むつもりで行ったら、まだ建物が完成していないどころか工事中で柱しか無い、がっかりして駅へと戻って西友ストアで夕餉の食料品を買い求めてバス乗り場へ行きバスに乗った、乗る人を数えていたら65人が乗った、平日は概ね30~40人程度だから随分と多い、停留所へ止まる度に次々に人は降りて、それでも自分が降りる頃にもまだ大勢が立っていた。

今日はいっぱい歩いて身体もなかなかくたびれたので風呂へ入ってゆっくりとして、それからエビスを飲み豆腐へ食べて刺身も食べて、結局は何時もと変わらない食卓となってしまったけども、十時の過ぎには気絶するように眠り込んでしまって、折角の録画を眺めていたのがさっぱり頭へ入っていない。

昼食の問題

昼食はいつも乾麺か即席中華ばかり或いは外食するにしても市役所の定食を食べる程度で、代わり映えが無いからたまには駅前へ出向いて適当な店で食べることにしよう、ついでに洗濯屋へ寄りシャツを預けたのが仕上がっている頃なので引き取ることにしよう、そう思って外を見たら雨は小ぶりになってぱらぱらふる程度で空も明るくなっている。

昼の少し過ぎに支度をして外へ出て歩きはじめた途端に土砂降りの雨が降り始めて、百メートルを歩いた処で洗濯屋は明日にしようかとも思ったけども、出戻るのもめんどくさいからそのまま傘をさして土砂降りに打たれながらふらりふらりと歩いた、洗濯屋へシャツを預けて仕上がりを引き取ってそれから再び歩いて駅前へ着いた。

しかし駅前へ着いたと云っても何処で何を食べるのかをまったく想定をしていない、この町の駅前には牛丼店の三軒があっても肝心の吉野家が無い、バーガー店の二軒があるのに肝心なマクドナルドが無い、揚げ物を売る店があるのにケンタッキーが無い、本物が無い偽物ばかりの駅前と云える、それは兎に角として何を食べることにしようか。

中華そばを食べようかと検討をしてみるものの、食べたいと思わせる店が見当たらない、時折にテレビや雑誌にも登場する拘りの店があってそこはたいへんにおいしいけども、先々週に食べたばかりだからもう少し食べなくていい、日高屋は論外、魚生臭い汁と大盛りで有名な店も要らない、煮干しでだしを取った汁で出す店があるけどもこちらも生臭いから苦手で要らない、津軽式の中華そばをだす店があるけども、こちらも魚のダシが苦手、餃子専門店の中華そばは実にしみじみと心底にうまくないと思うからいらない、高級な中華料理店があるけどもそこでは千円を超える、所謂ファミリーレストランの中華料理店は長蛇の列、駅ビルに有名な中華そば店が出来たけども、そこもどろどろで油くどく塩辛くて濃すぎる汁がどうしても馴染めないし最低でも800円を超える、そのような結論へ至ったので中華そばはよすことにしよう。

それでは蕎麦にしようか、しかし蕎麦は昨日まで蕎麦ばかり食べていたので違うものにしたい。

それでは高いお金を出すなら麺類ではなくて定食を出す店にしようと思ったけども、そのような店も牛丼店しか見当たらない。

困ったときのライスカレーと云うことにしよう、その店は五軒があるので消去法としようと思う、一軒目は350円とは云え味噌汁がつかないしウスターソースを伸ばしたような妙な品なので遠慮したい、二軒目は350円で味噌汁が付き社食より幾らかましな品が出る、三軒目も350円で味噌汁がつくけども食べたことが無い、四軒目は専門店で何かトッピングを頼まないと汁のみのカレーが出されてこれと思う品とすると800円を超える、五軒目は本格的なインド料理の店で土曜日はランチが無いので千円を超える、と云うわけで三軒目の店へ入りライスカレーの切符を買い求めて席で待った、この店は以前に麻婆豆腐を食べて失敗した、あれは何かの間違えかと思ったので入ってみたけども、果たして届けられたライスカレーのご飯はやはりぽそぽそで水気が足らなく妙に饐えた臭いがする、カレーもこくが無くてとてもおいしいものではない、ぽそぽそのご飯のカレーをぽそぽそと食べて店を辞した、もうこの店へ三度目に行く事は無さそう。

今日のできごと

昨日は業務でうんざりすることばかりがあって、買い物から帰って来て少しばかり業務の後始末をしてから簡単な夕食にして、ビールも飲まずに早々と寝てしまった、十時前には寝てしまったので必然的か知ら今朝も五時には目が覚めた、それで昨日と同じ様に茶を飲みながらしばらく凡々と過ごして六時の少し過ぎには朝食にして七時半にはPCを点けて業務を開始した。

さっそく昨夜に仕掛けたバッチ処理の結果をみたところ見事に失敗をしていた、それで、新たな問題点を加味しながら考えを改めてみると、うんと簡単に問題を解決する方法が見つかった、矢張り考えに煮詰まりうんざりしながら続けると碌な事はなくて、しばらく離れて休むのが肝要だとしみじみと思う、それでデータ編集をやり直してみると処理の時間は掛かるものの、考え方としてはとても簡単に出来ることになった、さっそくバッチに仕掛けて順にデータをこしらえてみたら、きちんと出来上がったので昨日のウンザリは何んだったのかと思う。

午後は少し休む事にして、簡単な昼食の後にリラクス椅子の背もたれを倒して凡々としていたら眠り込んでしまって気が付いたら三時になっていた、久しぶりにじっくりと昼寝が出来て頭はすっきりさっぱり、続きの業務は明日の朝から気合を入れて続けることにしよう、この後は仕事ではないことをしよう。

それでふと思い立ち古い写真のフィルムを取り出してみた、写真機を初めて手にして撮影を始めたのが中学二年生の頃で、当時は二眼レフカメラに白黒のフィルムを詰め撮影をした後に自分で現像をしていた、それから十年ほどの空白期間を経て大量に撮り貯めたフィルムを見なおしてみる、とても一時間二時間では見きれないほどの量が残っていて、こんなに大量の写真を撮ってどうしようと思ったのか、思い返してみても謎でもある、さらに撮影されていた風景は「どうでも良い」ものばかり、「写真は記録」を標榜して憚らないのに、実際には自分で撮影した写真に記録的な要素が欠落しているものばかりでがっかりしてしまった。

中学生から高校生の頃に掛けての写真は同級生がいっぱい写っているし、好きな電車の写真もいっぱい写っている、しかしネガフィルムでは誰で何が写っているのかがよく判らないし、フィルムスキャナなぞのような気の利いた装置は持っていない、そこでライトテーブルへフィルムを乗せてガラスで押さえて、それをデジタルカメラで撮影をして、フォトショップで階調反転をしてポジにしてみたところ思いの外にうまく撮れた、十枚ほどを撮影してみてその内から珍しい光景の2枚を選び色調を整えてから鉄道趣味のサイトへ投稿、他は矢っ張り詰まらない写真ばかりであったのでがっかり、フィルムスキャナーを購入しようかとも思ったけどもそれはよすことにした、

夕方になったので買い物の袋を提げてふらりふらりと近所の商店街まで買い物へ出掛けた、建物を出ると途端に腐臭が漂う、どこかで大量の果物が腐っているらしい、それには心当たりがあって、我が家の近所には元は農家であった大きな屋敷が幾つもあって庭には名を知らないけども大きな柑橘類が実っている、それが片端から落ちて腐っていた、昨日までは冬の終わり頃のような寒さであったのに、今日は昼の頃からいきなり真夏の暑さになった所為で急速に腐敗したのだと思う。

さらにふらりふらりと歩いていると、今度はむあっと気持ちの悪い花の臭いが強く漂う、これはユリの花に違いがない、果たして庭へ熱心に花を植えている家があり大きなユリがいっぱい咲いていた。

商店街へ着いて始めに豆腐店で木綿豆腐を買った、次に何を食べようか少しばかり考えたけども、結局はいつもと同じように刺身やカイワレダイコンやらきゃべつを買い求めて帰って来た、そうして今日も代わり映えの無い品が食卓へ並ぶ。

うんざりした日

サイトを巡り多くの方々の主義主張やら日記やらを読み巡っていたら、日記とはあれこれめんどくさい事を考えずにその日の出来事をだらだらと書いたものだと書いてあって言われてみればご尤も、その日の出来事を書いておけば後日にこのお金はどこで幾ら使ったもの、何を食べたもの、なぞを記録する備忘録も兼ねる。

そのような訳で朝からの出来事を書いてみようと思い立ったものの、然し呆れるほど自堕落な毎日ばかりでは記述する意識もことんと音を立てて床へ落ちてどこかへ転がってしまう、とは云え書かねば何んにも始まらないのでとりあえず書いてみることにしよう。

今朝は午前五時に起きた、目覚めると必ず左の鼻が詰まっていて便所が近いから、朝寝を楽しむことができなくていらいらとするし、起きてみれば鼻づまりの所為か寝が浅く足らないからくたびれている、上厠してから居間でふうとため息を付いてひと休みをするとは、休む為に眠ったのに眠ってくたびれるとは本末転倒も甚だしい、とりあえずノートPCの電源を投じ画面を開いて時計が表示されると五時十五分を示している、六時に起きる予定であったから一時間も早い、少しく損をしたような気がした。

鉢植えを日の当たる処へ出して冷蔵庫から冷たい水を取り出してごくごくと飲み、再び椅子へ座り脚を投げ出して両手も伸ばして思い切り「伸び」をしたら少しばかり気分がよくなった。

五時半になったのでテレビを点けてニュースを観る、碌でもなく不愉快なニュースばかり、消してラジオを点けたと云ってもPCのradikoではあるけども、j-waveに合わせて音を小さくして流していると、道路が混雑していたりどこぞの路線で遅れが出ているなぞの話が流れて今日は晴れて暖かいなぞと言っている、j-waveニュースの善い処はニュースを一言でぱっと要約して伝えてくれる処か。

六時半になったので朝食の支度をして簡単な朝食を済ませた、後片付けをして台所で洗い物をしてから洗濯物がたまったので洗濯機も回して、台所へ戻ったらコーヒーをこしらてすすって、凡やりしながらインテリヤの雑誌を眺めている内に機械が止まったので、洗い物を持ってきてベランダへずらりと干し並べた、お天気は善いし気温は十六度で湿気は三割の程度だから善く乾きそうだ。

八時の少し前になったのでデスクトップのPCを点けて業務を開始、ここの処はうんざりとするデータの編集や更新をする仕事ばかりで気が滅入る一方、猛烈にうんざりとしつつ嫌々やるので間違いばかりが発生をして何回も後戻りをしなければいけない、その度に更にうんざりとして嫌気が差して然し納期は迫る一方で益々うんざりとする、さらに拍車を掛けるように外では道路工事が始まってどどどと大きな轟音が響くと同時に緊急自動車の群れが遣って来てサイレンが猛烈にうるさい、さらに上空にはヘリコプターが騒々しい音を立てて飛び行く、この腹立たしさはどこへぶつけたら善いのか、暑いけども窓を閉じてうんざりとしつつラジオを聴きながら業務を続けている内に昼になった。

昼の遅い時刻に支度をして出掛けて市役所の食堂へ行った、せめてうんざり気分を外食でと思い出掛けたのだけども、切符を買う処になって鞄を見たら、カード入れから財布から携帯電話から一式を忘れてきたのに気がついて、ウンザリ気分を思い切り引きずって自宅へ戻った、苛々しながら再び出掛けて市役所の食堂の扉を再び開けて切符を買おうと思ったら、定食がすべて売り切れ、中華麺も売り切れ、ライスカレーも売り切れ、弁当も売り切れ、では何が残っているのかと訊くと焼き飯かうどんだけだと云う、一時過ぎともなるといつも閑散としているはずの食堂は、大勢の婆さんの団体が大声でげらげら笑いながら食事をしていた。

うどんは好きではないし食堂の焼き飯は今ひとつ油くどくてこれも好きでは無い、30分ほど待ってくれれば次の飯が炊きあがりフライの盛り合わせで良ければ定食をこしらえると言ってくれたけども、揚げ物は苦手であるし30分も待てないので、それではバスにのって隣町の駅前へ行く事にしようと、市営バスの乗り場を目指したら目の前でバスは行ってしまって次は四十分後。

きっとバスに乗って行ってもその先でうんざりする出来事が待っているに違いない、そう思ったのでうんざり気分を引きずりコンビニエンスで三ツ矢サイダーを買ってから帰宅、めんどくさいのでカップ麺をずるずるとすすり三ツ矢サイダーを飲んで簡単な昼食とした、焼きそばなのに蕎麦粉のめんにそばつゆのようなソースを掛けて食べると云う、妙なカップ麺でもあった。

午後もウンザリする業務を始めて四時の頃にデータの編集が収束をしたのでテストを実施、しかし結果を見たらまだデータの編集が足らないことが判明をして、底なし沼のようにあれも足らないこれも足らないと云うデータ編集が湧き出て、同時にうんざり気分も嫌気も湧いて出る。テストを再び実施するにはおよそ半日を掛けてデータを作りなおさないといけなくて、再びうんざり気分が猛烈に湧き上がる。

夕方になってあまりにもうんざりしたので業務は中断することにして、ふらりふらりと歩いて駅前のバスプラまで買い物へ行って、豆腐と刺身と英国のビールとを買い求めて、市営バスの乗り場にバスが居たので百円を払ってバスに乗った。

帰りには上手に市営バスに乗れたのでうんざり気分は少しは消えた、帰宅をしてみたら仕掛けていたバッチのプログラムもきちんと終了してデータもきちんと出来上がっていた、足らないデータは先方に提供を頼んだので続きは明日にして、今日は日が暮れたら先ほどバスプラで買って来た英国のビールを飲むことにしよう。

テレビ番組

テレビの地上波放送の番組で野生動物を題材とした番組が放送をされるとの予告があったので、録画を仕掛けて楽しみにしていた、日が暮れて夜になって業務を仕舞いにして、さっそくエビスを飲みながら観始めたら、大勢の名も知らない芸人がずらりと並んでどうでも良い話を大声で捲し立て皆でげらげら笑う、それでいざ取材した映像となると矢張りお笑いの芸人が取材地まで出掛けて、取材の対象を小馬鹿にするように無意味かつ無闇と大声を出したり叫んだり、それを観ている大勢の芸人が再びげらげらと笑う。

観るに耐えないので十分ほどを観た処で消してしまって録画も消去してしまった、矢張り慣れないことはするものではないので、何時ものようにおとなしくスカパーのドキュメンタリー番組を観るのが良さそう、然し放送中にしても録画にしても観ている内に猛烈な睡魔が襲来をして眠り込んでしまうのは残念なところ。

飼育

何をするにしても不精でめんどくさいばかりであったから、おまえには犬猫の一匹も面倒を見てやれないだろうよと皮肉やら小言の一とつニたつも言われてばかりいたので、何かを飼育するのは無理と端から諦めていたし飼うなぞあり得ないとすら思っていた、だから私の手元にはおよそ生き物と名の付くものは、小さな手間が掛からない鉢植えが一とつあるきりで他には何んにも無い、意図しない余計かつ不本意な虫類は別として。しかし何を思ったのか気の迷いはか判らないけども、めだかや金魚を飼ってみようと思ったのは如何なる心境の変化か知ら。

スカパーのテレビで日本の里山の風景を流す番組をやっていて、北海道を含む日本のあらゆる池や沼や河川湖水には筋蝦が暮らしていると云う、遺伝的には一種類でも地域により気候や寒暖の差があるので生態やら体の模様やら大きさが幾らか違うらしい。その番組ではさらに飼育も簡単で飼っている人も多いとやっていた、それではめだか或いは金魚と共に筋蝦も飼ってみることにしたいし、かつてそう思っていたことを思い出したりしていた。

我が家から歩いて二三十分ほど行った処に湧水を伴う神社があって、湧水の付近へは自由に立ち入る事出来るので以前は散歩を兼ねてよく出掛けて眺めていた、ある時に小学生が遊水下の小さな川で何にやら取っていたので訊いてみたら筋蝦だという、見せてもらったらアメリカざりがになぞのようなものではなく、飲み屋で川えびと云う品書きで丸揚げにして塩を振って食べるそれそのもの、それでは食べるのは兎に角としてそのような蝦を飼い水草を愛でるのも悪くはないような気がして、それ以来にずっと飼ってみたいとは思っていたけども、思うだけで普段の不精な性格が災いをしていつまで経ってもそれは実現をしていないし忘れていた。

それから数年を経てスカパーのテレビで再び筋蝦を見たからその記憶が盛り返して来て、ここの処は毎日のようにネットで水槽やら飼育に関する装置類を調べたりしている、さらに筋蝦は大型魚類の生き餌として大量かつ安価に売られていて、しかもそのほとんどは琵琶湖産であることも判った、それではせっかく飼うなら近隣地の筋蝦が欲しいので、件の神社まで採取に出掛けようとも思うけども、その前に水槽を設置するための場所を捻出をしないといけない。

室内へ設置をすると場所を取るし水漏れなぞが心配、大きな地震が来たら水面が波を打ちこぼれるのは必然、だから水槽ではなくて睡蓮鉢としてベランダへ置いてみようかとも思う、陶器の鉢だと重くて面倒を見切れないけども、プラスチックの軽い鉢も売られている。

睡蓮鉢であれば筋蝦だけではなく金魚或いはめだかも飼ってみたい、普段は水気の足らない場所へ水を張ったものを置くと蚊が産卵にやって来る、そうしてぼうふらが湧いて蚊が大量発生をして痒くて不愉快で苛々を伴う碌でも無いことになる、その水場に金魚が居るとぼうふらを餌として食べてしまうし産卵に来た蚊も食べてしまう、子供の頃に実家で金魚を飼っていたけども、母が蝿叩きで蝿を仕留めるとそのまま金魚池へ放り込むと金魚は先を争うように食べていたから、金魚は余っ程に虫が好きなのだろう、それであれば睡蓮鉢にしようかとも思い調べ始めたりしている、尤も実際に鉢か水槽を手に入れるかはまだ未知数であはるけども。
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