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キリギリスの人生に終止符

随分と迷ったけれど、思い切ってブログに書いてみることにした。
実はここのところは自宅ではなく実家に寝泊まりしていて、毎晩寝る前は悲しくて自分の無力感にうちひしがれる毎日、今日はついに涙が止まらない、精神的にも極めて不安定な状況にある、とは言え、今ここで自分が折れてしまったらすべては破滅へと向かうことになるから、心を強く持ち踏んばらなければならない。

母は数年ほど前から物忘れが目立つようになって、今は三分の一ほどの認知症と云う状態になっていて、それを高齢の父が支えていたけれど、父は突然の病に倒れ救急搬送となって入院となった、不幸中の幸いな事が幾つかあって、その内の一とつに父の病状は厳しかったものの、治療に大きな効果がありあと数日で退院が可能となったこと、もう一とつは弟夫婦が二人とも医療関係の業務に従事しているので、入院関係の手続きやら医師の説明やらは任せることが出来たことがある。

しかし一人残された母は一人だけでの生活はとても無理なので、私が実家へ泊まり込み毎日の朝と夕食を共にしている、気が強く芯がしっかりしていた母に私はいつもきつく叱られていた事が多かったけれど、気が付いてみれば、小さく痩せてしまって一日の出来事の幾つかは覚えられていない。

私が帰宅できるのが二十時半なので、それから夕食を共にする、一人で済ませてしまっていることも多いけれど、たまには夕食を共にすることがあり、ビールが大好きなので帰りに買ったエビスを進めるとああおいしい、と言いつつコップに一杯だけ飲む、今日はどんな日だったのとやさしく問うと、よく覚えていないと言いつつも、断片的に思い出して暫くすると記憶の線が繋がりこんなことがあったのよと云う、とても楽しかったのか幾度も同じ事を楽しそうに云う、私はにこにこしながらそれを聴いて、そうだったの、ぼくは都心で仕事をしていたら暑かったのだよ、途中の八重桜がきれいだったよ、なぞと他愛も無い話をする。

朝は八時に出れば仕事の時刻に間に合うので、六時半には起きて七時半の頃には朝食にする、飯を炊いたり、まとめて冷凍をしていた飯をレンジで加熱する程度のことは出来るけれども、味噌汁をこしらえるのは無理なので、そこは即席のものを用意して、オカズは納豆やらたらこやらたまごやらで間に合わせて、納豆へ辛子と醤油を少し入れて混ぜ溶いてあげて、納豆ごはんおいしいよ、と云うと母も嬉しそうにそれを食べる。朝は隣組のおばさんも様子を見にきてくれるし、弟及び弟の神さんもとても強力な支援をしてくれている、むしろ弟夫婦が中心となり父と母を支えている、一時は嫁いだ妹も遠方から駆けつけてくれた、私に出来るのは母にやさしく接することにしか無い。

近くに住んでいながら、なぜもっと早く気が付けなかったのか、もっと早く何んとか出来なかったのか、後悔ばかりが頭を占拠する、結婚もせずに極楽蜻蛉で過ごしてきた私に神様はその応報を与えたということなのだと思う、弟と妹は若い内に伴侶を見つけ苦労しなが家庭を築き上げた、だから私の気ままで成り行き任せの極楽蜻蛉な人生には終止符が打たれる、父と母の残りの人生をいかに気楽に、干渉し過ぎずに支援をすることにしようと思う。私が暮らしていた集合住宅も今なら高価で売れる見込みであるので、近いうちに売却して生活費へ充てようと思う。
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好きなこと

好きなことを思う存分してみたいと、そう云えば思った事が無いような気がしないでもない、思い返してみると好きなことは何んであったろうか、写真機を持ち行く先も当ても無く列車へ乗り込み、適当な処で降りて観光地でも何んでもない処をふらりふらりと歩き撮影をするのは、とても好きではあるけれど、物騒な昨今、そんな事をすればたちまち不審者が居ると通報されるのが関の山、よした方が身のために善さそう。

それは諦めるとして、次に好きなことは何にかと云うと温泉へ浸かり身体が熱くなった処でビールを飲むと云うのがある、温泉ではなくとも銭湯のような大きなフロであれば湯は何んでも構わない、温泉旅館へ宿泊すると、その晩は楽しいけれど、翌朝の間抜けな風景は如何ともし難く、一刻も素早くその場を去りたい気分に覆われるので、矢張り夕方から適当な銭湯なぞに浸かり身体が熱くなった処でビールを飲み肴をつまんでから帰宅をしたい、しかし我が家の近隣に銭湯は無く、バスに十分ほどを乗れば大きな銭湯があるにはあるけれど、バスに乗るのがめんどくさい。

花小金井と云う駅の北口にある古い商店街の一角に昔ながらの中華を中心とした食堂を見つけた、さっそく這入ってビールを呑みながら餃子を頬張りつつ、テレビの画面を観なくもなく観なくなくもなく過ごしていたら、真っ黒で大きな柱時計がぼんぼんと懐かしい響きを立てた、餃子とビールが無くなったので中華蕎麦を頼んだところ、昔ながらの懐かしい、至極普通で至極当たり前の中華蕎麦が出て、昔ながらに素朴に普通にうまくて泣けた。

このような古くからの中華食堂は絶滅寸前、絶滅危惧種に指定すべきであると思うし、このような店を訪ね歩くのが好きな事でもあるので、これからも見つけたら這入ってみることにしよう、その様なわけで当面の好きな事は古い中華食堂へたずね歩くということにしてみよう。

雨が降って止んで

雨が降っている
高層階から眺めると
薄いところ
濃いところ
白いレースのカーテンが風にそよぐが如く波打っている

雨は止んで夕暮れ
高層階から眺めると
街の明かり
色とりどり
宝石を散りばめたが如くきらきら輝きがきれい

・・・

母「おまえね、今日は仕事なのかい」
私「そうだよ。遅くなる。夜の10時か11時に帰るから」
数分後
母「あんた、きょう仕事だったかしら」
私「そうだよ。遅くなる。夜の10時か11時に帰るから」
数分後
母「きょうは仕事へ行くの」
私「おかーさん、どうしたの。しっかりして」(´;ω;`)

毎日が宇宙旅行と地底探検旅行

残業を終えて左様ならと挨拶の後に職場を辞したのが21時の頃、重い扉を開き廊下へ出ると時間も遅いことから薄暗くなっているけれど、自分が立った前後の数メートルはふわっと明るく照らされる、歩いて先へ進むとさらにその先がふわっと明るくなり通り過ぎたところはふわっと薄暗くなる、ぱっといきなり明るくなったり暗くなったりしない処、余計な事を考え過ぎではないかと思う。

歩廊を進み高さが三竿もあろうかという高い自動扉の前へ立つと、立ったそこだけ天井からぱっと照明が灯って明るく照らされるから舞台に立った歌手の如くか知ら、扉の釦を押すと扉が重そうに開いてその場を去ると照明がぱっと消え扉は重そうに閉じる、その先は区間急行エレベータの乗り場で矢張り薄暗く、下へ向かう呼釦を押して待つ、エレベータの扉もエレベータの箱が通じる穴もすべてガラス張りで外からも中からも丸見え、少しすると下階へ向かう案内の明かりがぽんという音と共に灯り、さらに少しすると上階よりエレベータの箱が降りて来るのが見えるけれども、箱の下には宇宙船のような四角形の薄明るいランプが幾つも点けて降りて来る、ぴたりと止まってガラス張りの透明な扉が開くので乗る、なぜか閉じるの釦が付いていない、それで数十階まで降りてそこで特急のエレベータへ乗り換える、特急の乗り場は別の場になっているので幾つかの扉を経て歩いて向かう、そこは広い空間が広がり壁はすべて上から足元までガラス張り、薄暗いからすっかり夜の帳が下りた都会の街中が宝石箱のようにきらきらと輝いてきれいに見渡せる、真夜中の空中庭園と云った趣でもある。

特急の呼釦を押してしばらく待つ、四基ある特急のどれが来るのかは運次第、ぽんと云う音と共に下へ向かう特急が来る知らせの明かりが灯り点滅する、矢張り透明なガラス張りの扉にエレベータの通路となっていて、その中を宇宙船の如く前後に明かりを点して遣って来る、透明な扉が開くと同時にスポットライトが足元を照らす、乗って扉が閉じてしまうと灯火も消えて薄暗い箱内から外の風景がよく眺められる、段々と地面が近づいてあっと云う間に一階へ着き耳が押された感じになる、宇宙船へ搭乗し時空の彼方から地上へ降りるような気分でもある、ガラスの扉が開いて目の前にある出口へ向かうとそこは地下鉄の改札口。

宇宙船の旅はこれで終わりで引き続き間断も無く地底旅行が待っている、改札口を通り地底の奥深くへ続く階段を延々と歩いて降りると、そこは矢張りガラス張りの壁に囲まれた乗り場となっていて、扉は天井まで続いていて山手線の乗り場にある様な貧相な扉とは次元が異なる、やがて電車が来て扉が開き乗り込むと騒々しいファンファーレの後に扉が閉じて耳障りなインバータの騒音と共に電車は地底の深くをごうごうと走る、幾つもの駅を過ぎて乗り換えをしている後楽園の駅へ着いたので降りて、家屋の三階ほどもある長いエスカレータに乗るとその先は只の踊り場、さらに事務所建物の七八階はありそな長い長いエスカレータに延々と乗って着いた処は再び踊り場と地下の改札口で、さらに幾つもエスカレータを上るとようやく地上の一階へ辿り着いた。

これで宇宙旅行や地底探検旅行も終わって、後楽園駅の二階にある丸ノ内線の古ぼけた乗り場へと行き、遣って来た古ぼけて馴染みある丸ノ内線の電車を観てようやくほっとした気分になる、丸ノ内線の電車は扉を閉じると地底の奥深くをちんたらと走る地下鉄とは打って変わってすたこらと素早く走り池袋の駅へと着いた。

新たな仕事場は恐ろしい処

すっかり日記をさぼっているうちに月が進んで卯月四月へ入った、その途端に初夏を通り越して夏のような暑さになったから、今からこれでは真夏が思いやられてうんざりとする。

処で恐ろしく無能な社畜が支配する馬鹿愚かな現場を蹴飛ばした後の、次の新しい現場は、矢張り切羽詰まった状況で残業の日々が続くのは変わりは無いけれど環境は丸で異なっている、朝の始業は十時で九時半より前に職場へは這入れないから、朝は七時に起きて八時半に出掛ければ充分に間に合う、昼食の状況も一変をして、前は職員食堂での昼食が激しくまずいとは言わないものの、精神の隅を少しずつそして確実に蝕むような内容の、微妙においしくなく内容に見合わない高価なもの、結果として働く人々の精神崩壊を助長している、今度は職員食堂が無いので、同じ建物へ入居している食堂の各店舗へ食べに行く、昼食にこんなにうまいものを食べた記憶が無いほどに、うまい料理ばかりを毎日食べることになった代わりに、代金は一回につき最低で千円から、おおむね千二百円から二千円ほどが掛かるので、今度は財布に多大なる打撃を与えることになった。これはこれで別の精神崩壊を招きかねない、金曜日なぞイタリヤ料理店へ行きましょうと云うので皆の後へ付いて行くと、明らかにアルバイトではない専門職の男の給仕が席まで案内をして、食卓には白布が掛けられ銀器や足が付いたガラスの杯が並び、皿とナフキンが用意されている、料理は前菜に始まりスープが出てサラダが出て小さな肉または魚の料理を選んでパスタが出る、最後に小さな果物とコーヒーが出た、それで価格は千七百円であるから内容に比して安価とは思うけれども、平日の昼間から何にをやっているのかと思わずにいられない、大変においしい料理とは云え半分泣きながら毎日の昼食を頂いている、私にはバスプラの一個七十円のお結びが充分で相応しい。

食堂を辞して別の店で食後に果汁飲料なぞいかがと云う事で付いて行ってみれば、オレンジやグレープフルーツなぞの果物をその場で絞って飲み物にしてくれて一杯は六百円から、とても手がでるものではないからそれは辞して、並びのカフェで持ち帰りのコーヒーを買い求めたら三百五十円。

ビル保有会社の方針で牛丼や立ち食いそばなぞ安売りの店は一切たりとも入れないらしい、外へ出てもそのような店は見当かたらないどころか、歩いて行ける範囲にコンビニエンスすら無い、建物内にはビル会社が経営しているらしい聞いた事も無いコンビニエンスもどきはあるけれど、そこの弁当も七百円からで味噌汁なぞ点けたら千円に近い。

職場は都心の某所にあって嫌いな地下鉄を利用しなればいけない、地下鉄の長いエスカレータを上がり改札口を出ると、地下なのに広い空間が設けられて地上の光が燦々と明るく差し込む、その目の前に職場へ上がるエレベータがある、建物が高いのでエレベータには特急と区間急行と鈍行があって、私の職場は特急で幾十階まで行きさらに区間急行へ乗り換えて幾十階へと上がる、コンビニエンスもどきは下の方の階にあるので、区間急行と特急を乗り継いで地下へ降りてから鈍行でコンビニエンスもどきの階へ上がる、特急のエレベータは箱が小型のバスほどもあって一度に百人は乗れそう、しかも三面がガラス張りで見晴しは大変に善く、今はどこを眺めても桜の花が咲いているのが見渡せる、日が暮れると子供の頃に見た「未来の図鑑」であるとかSFドラマや映画に出るような人工的な風景が、或いは大阪万博で眺めたような未来的な風景が広がる、何んとも恐ろしいところで仕事をする羽目になったものと、帰宅をすればぐったりと気疲れが酷い。

あれやこれやと、普通に仕事をするためにそんなに大量の電力やら水やらが必要なのかと、贅沢に過ぎるのではないかと思うし、原子力発電所を幾らこしらえても電気はいつまでも足らないのは当たり前ではないかとも思う。
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