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列車読書

地下鉄読書が無くなって以来、長距離の普通列車で移動をする機会が増えて車内読書も増えるかと思いきや、矢張り鉄道に気が違っている血が騒いで風景を眺めたり行き違う反対行きの列車を眺めたりして読書は捗っていない、とは言えそろそろ飽きても来たし夜中は矢張り真っ暗であまり楽しい風景でもないから読書も少しずつ捗りつつある。

「神道はなぜ教えが無いのか」島田裕巳・著、ベスト新書
http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=978-4-584-12395-9

考えてみれば神道は不思議な宗教で、教祖も教義も救済も何も無い、中心にあるのは空っぽなばかり、神社がそもそも中心に何んにも無くご神体が宿る鏡がある程度、それすら無い祠もたくさんある。日本人が宗教を問われ無宗教と答えるのも道理と云うもので、然し日常生活に神道を中心に様々な宗教活動が刷り込まれてもいる。そのような事から始まり神道について様々な方面からの考察を試みている、神道とイスラム教に類似点があるのではないかと前から密かに思っていたけども、それについても考察の展開が為されていて興味深い。
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神道

たしかに神道は、教えではありませんね。
神は、そこに高く存在するだけで、こちらから学び信じて近づこう努力すると、なにか見えるかも知れない。
 日本の八百万の神は、教えを垂れるような押しつけがましさは無いですね。

Re: 神道

>>はらしょさん

>  日本の八百万の神は、教えを垂れるような押しつけがましさは無いですね。

そうですね。
布教活動をしている人も見たことがありませんし神像や絵画もありません。
神道に関わる芸術も無いように思います。
楽や舞や相撲のような「祭り」の延長のようなものはあります。
つきつめて考えてみると興味深いことばかりです。
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